命ある限り笑って生きよう

私は 幼い時
何度か 大病を患いました
その時 残りわずかな命を
ただ ただ尊く生きようと

深く切に思いました

時間は 誰にでも 平等に

あるものだと思っていた事が

覆され

人によって与えられた時間は

違うのだと言うことを

知りました
そして それと同時に

無限の様に 無意識に 生きてた感覚が

時間は 有限で 限りあるものだ

と言う しっかりとした意識的

感覚に 変わりました
余命 3年 と言えば 約1,000日

1,000日カレンダーを 日々

塗りつぶす毎日を送ると

日毎に 死が近づいていることを リアルに感じる

焦りと 恐怖を行ったり来たりする
哀しみと絶望を 行ったり来たりする
期待と 諦めを 行ったり来たりする

哀しみ うつむいて 生きても

その日は 消え去り

泣いて 嘆いて 生きても

その日は 消え去り
病に憤り 叫んで 生きても

その日は 消え去る
とにかく 毎日 死が 近づく
失望は 何度でも 起こることだが

絶望は 望みが 絶たれることだ

から その下は無い
人間 哀しみも 底に着けば哀しむ自分さえも
バカらしく見えて来るものだ
そして ふと 思った

ただでさえ 短い この命

哀しみに費やし 嘆きに費やし

泣き続けることに費やし

うつむくことに費やし
私は 何をしているのだろう と
短いなら 短いなりに 短いからこそ

逆に 尊く 深く 切に 生きよう
私は 決めた
そこから 私は 笑い始めた
無理に笑ったのではなく

生きてるってこと

それが たまらなく愛しくたまらなく儚く

たまらなく嬉しいからだ

時間は 限られている

だから 何事も 延期はしない

今 思う事は 今する

明日は また 明日の本音を

その時の今に任せる

私の 生きる密度は

想像を遥かに超えるほど

高まった
そして 私は 気がついた

生きること とは

「長さ ではなく 密度だ」と
密に生きることを知ると

時間は 私の中にあることが

解った

時間の中にいるのではなく

私の中に あるもの

それが時間だと解ったのだ
だから私は 人の10年を

3年で 生きるようになった
長かろうが 短かろうが

人生に どんな意味があるのか

どんな 意義があるのか

どんな価値があるのかを

与えるのは 自分自身だ

ということが 解ったのだ

私は 本当に 深く 感謝した
この病という経験に 感謝した
気付いて 生きれることに 感謝した
毎日が 感謝の連続となった
感謝は 究極の 幸福感だ
気が付けば 病は 消えていた
闇を 消す 努力は 的を得ない
そこに 光があれば 闇は勝手に消え去る
感謝は 光だった

病という闇は

感謝という 光によって

消え去っていた
私は この経験から

命ある限り 笑って生きようと  決めた
私の 笑いは それが原点だ

私は 神さまより
第2の人生を 与えられた
その時から 時を刻む

意味が変わった
生きることに 恋をした

人生すべてに 恋してる

すべての時は 尊く 儚い
大塚正治という人間は

私に 人生を捧げている
そして その捧げた時は

決して無駄にしない
捧げること それを受け入れた時

受け入れた私もまた

彼に 人生を 捧げたのだ

共に生きるとは

そういう事を言うのではないだろうか
いつも本音で

いつも本気で

いつも全力で

いつも いつも 目標に向かって

まっしぐらで
そして いつも 笑いに真剣で

そんな 「時」を
共に 人生に刻む

そんな思いで 贈った
プレゼント
それが この時計である

大塚さん 有難う

そして 立ち会って頂いた皆様

有難う
これからも 尊い時を共に

有難うございます 感謝


金城幸政

 

人間学記事一覧はこちら♫